11月
06
white buttons
Photo by Valentin Müller on Unsplash

最近、AppleWatchをまたつけ始めました。ToDoをこまめに付け始めたというのと、ジムとか外での運動を再開したというのが大きくて。

そうするとやっぱりこの手元にあるというのはものすごい影響を与えてくるものなんだなと感じる。

ハードウェアの破壊力というか、すごいところは当たり前なんだけれどもそこにあるという事実で、あるだけで何らかの影響を否応が無しににその近くにいる人間に与えてくる。

存在があるというのは、やっぱりものすごく大きいし、一気に物事の面白さが上がると思っている。

っていうふうに、随分前に日記に書いたけれども、その後象徴的だなあと勝手に思っていたAmazonDashボタンは終了してしまった。

https://www.businessinsider.jp/post-186439

声のほうが良かったということで、音声はより直感的なのかもしれないなと思った。Airpodsの売上とともに音声系のスタートアップも伸びているし、Spotifyの音声広告も伸びているとのことだった。

ただ、音声の場合は先述の記事のもあるけれどもどうやってその道筋をつけるのかが結構難しいと思っている。

GoogleHomeを使っているとわかるけれども、ああやっぱりこれはコマンドなんだなと感じる。少し言葉の順番が違うとダメだし、曖昧な言葉は受け取ってもらえない。ちゃんとその単語が入っている必要がある。このあたりのバリエーション、機械学習でそのうちすぐなんとかなると思うけれどもどのぐらいまで広げていくか。

ハードウェアがおいてある ということは今後、高齢化社会になるにつれてより重要性を増してくるんじゃないかと考えている。

closeup photography of audio mixer
Photo by Yomex Owo on Unsplash

プロ用の機材は未だに巨大でボタンだらけだ。これは、ほんとうにずっと使って使いこなしている人からすればそのほうがより直感的で早く、体で覚えやすいからだ。

assorted-color phone lot
Photo by Eirik Solheim on Unsplash

どんどん多機能化していく携帯電話においては確かに物理キーよりもその都度その場に応じてボタン配置を変えられるタッチディスプレイのほうが良かったけれども、それで体得するのは訓練がいる。(JRのみどりの窓口の人、すごい。)

今のデジタルネイティブの人が高齢化したときはどうなるんだろうか。年をとってもスマートフォンを巧みに操るのだろうか。それとも、やっぱりそういった汎用機は使いこなせなくなってきて、段々と単機能を持ったハードウェアが必要になってくるのか。

少なくとも、スマートスピーカーやスマートフォン、スマートとつく多機能なハードウェアはあまりにも変数が大きくて頭のメモリを食う。

インターネットラジオ専用機は廃れてしまったけれども、やはりよりハードで、単機能で、直感的、使い方を体で覚えやすいものが必要になってくるんじゃないか。

仮に音声、発話がより直感的であるとしたらかなりまだ会話とは距離があるので、いっそのことあいだに人間を挟んでしまってもいいのではないかと感じる。

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