11月
17

リアルの場所について、必要かどうかかなり議論された一年だったと思う。

私個人としては、それについて散々考える機会が4年前から幾度となくあった。あんまり詳細は書かないけれども、結構遠方にオフィスがあってそれを統合するかどうかという話を結構な回数してきた。

私はかなり否定的だった。特に、東京拠点をなくすことについてはかなり否定的。否定的というか、意味があると盲信していたし、今でもある。

そもそも、そんなに全員が一緒の場所にいなければならないということに懐疑的だった。

ただここ半年ちょっと、まあまだ全然だけれども何かを作るということに挑戦してきてて気がついたことがいくつかあった。これは、一緒にいないと行けないなとちょっと思った。それについて少し書く。

ちょっとした物でも、ちょっとしたことでも作るって大変で、それに対する反応とか、そのちょっとしたことにちゃんと時間をかけるってことが 街の速度と合わない感じはすごいした。街の速度あと周りの反応とか。周りの反応はまあいいとして

そんな速度でガチャガチャ変更したり、進めたりできないよ。。。 ってなると思った。周りの反応に関しては

だからこそ、その速度感を分かっていたり、ちょっとした変化に感動してくれる人が必要でそのちょっとした変化への感動は、常に一緒にいたりみてくれていたりする人が必要かもしれない。ちょっとした変化に気がつかないから。あと、ちょっとした変化を起こすことへの大変さや経緯が掴めない。


別に周りが気が付かないのはいいとして自分が気がつかない。


静止した背景でないと動くものは見えない
小さな芽が見えない。

そのために、街の速度が少し遅いところに行くのもありかもしれない。ここまで書いて、今は全くその気はないのだけれども。

ニューヨークとか、パリとかの街の速度は一体どんな感じなのだろうか。

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