react-native-elementsでFormInputが使えない件

react-native,プログラミング初心者故の凡ミスです。

Formを作ってみるとエラー
Invariant Violation: Element type is invalid: expected a string (for built-in components) or a class/function (for composite components) but got: undefined. You likely forgot to export your component from the file it’s defined in, or you might have mixed up default and named imports.

Formを作ろうとreact native forminputと検索すると。。。

こんな感じで出てきて一番上をクリックするとreact-native-elementsのものが出てくるのですが

なんとver0.19.1とずいぶん前のものが出てきます。

IntelliJの自動追加でpackage.jsonに入れていたので

    "react-native-elements": "latest"

となっていたためエラー。最新版はInputとなっていてFormなくなってます。

https://react-native-elements.github.io/react-native-elements/docs/input.html

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[未解決]AWS AppSync + Apollo clientで”currentObservable.query.getCurrentResult is not a function”

AWSAppSyncClient, Apollo & React Native,Expoで動かしてみるとエラーが

TypeError: this.currentObservable.query.getCurrentResult is not a function

調べてみるとどうやらaws-appsyncが古いバージョンのapollo-clientを呼び出してしまうらしい。

ただ、amplify pullした直後は普通に動いていて、触っているうちに動かなくなってしまったので一体なんなのだろうという感じ。。。

https://stackoverflow.com/questions/60804372/proper-way-to-setup-awsappsyncclient-apollo-react

このエラーで検索するとだいたい

https://github.com/apollographql/react-apollo/issues/3148

https://github.com/apollographql/react-apollo/issues/3368

"resolutions": {
    "apollo-client": "2.6.3"
 }

これを入れればいいと書いてあるけれども、実際は解決せずそれでも結局古いapollo-clientを参照してしまうらしいので解決しない。

やっとこさ見つけたのがこの記事

https://medium.com/@guillac124/create-your-custom-apollo-client-for-aws-appsync-to-use-hooks-2d5cbce29db5

https://hubarifront.hatenablog.com/entry/2020/04/27/113850

結局のところaws-appsyncを使わないという手段をとっている。
自分はここで面倒になったので動いたところにrollbackしてしまった。

aws-appsyncを使う方はgitignoreからappsync関連を外しておいた方が良さそうです。

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高い安い以外の金銭的尺度と金銭に対する感受性について

例えばアートを買うとする。アートを買うということは、ほぼほぼ作者に対する投票行動であり、応援であり、次をお願いするような感じだ。
しかし普通アートは変われない。投資的な目的出会ったりとか、あまり本質的な理由じゃない買われ方をする。

しかも、なんだかとても非合理的なものに思える。アートを買うということは、どことなく僕の中では批判めいたものを感じる。
その価格は非合理的なもので、どうしてその価格になったのかは明らかに作者の一存で、その価値があるかどうかは虚像に見えるからだ。
単なるボッタクリだなんて言わないけれど、違和感を感じているような気がする。

しかしながら、どうしてそういう風に感じてしまうのか。そういう教育を受けてきたからという一言で片付けたくはない。

突き詰めていけばどのようなブランドであっても、結果的にはそのブランドに対する投票行動であって、そのブランドがつけた値段は虚像である。
例えばもちろん、ルイビトンのバッグは品質が良く、そもそも手間がかかっていて丁寧な仕事がされていることは間違えない。
しかしながら、それでもあの価格にはならない。合理的な値段ではないはずだ。合理的な値段は多分それの半分ぐらいだろう。

ブランドの宣伝広告費を含めれば全体の利益率としては合理的な範疇に収まるのだろうが、その宣伝広告は一般的な企業からすればとても合理的ではないものに見える。

でも売れている
ということは、買う人間は非合理的で愚かな人間であるということになるのだろうか。
ここを自問自答していると、どうやら僕はお金持ち、特に高いもので非合理的とお思われる値段をつけるものを購買しているそうに一定の愚かさを感じているようだ。

結局のところ、エモいという落合陽一に対してもそうだけど、その一定の合理性のなさに対して斜に構えて否定的な態度を取っているのだろう。なぜなら
なんだかわからないけどそこには行けない という悔しさがあるからだ。
また、自分の感性にかけるなんてできないという一種の自身のなさもあり、さらに誰かに教えを乞うているわけではないので、そういう不定形な、抽象的なものは
人脈で担保されるものだから(これ自体が斜に構えてる)その方向には行けないとも思っているのだろう。
また、そこには生まれ持った天才が行けるものでそうじゃない人が努力で巻き返すことはできない。そんなのずるい!みたいな子供みたいな感情もある気がする。

総じてまとめると、いまだに、試験の点数を取った人がえらいみたいな価値観から抜けかけてるけど、抜けきってないというところなのだろう。
ものの購買にフォーカスすると、浪費してはならないという考えから、安いと感じるものを買わなくてはならないという考えにつながり、そこから高いと感じる
ものを買う人を非合理的であると非難しているのだろう。
例えば10億のアートを買うときにも、安いと感じたから買いました。みたいな感じにこのまま行くとなるのだろう。ものすごいひねくれてる上に、それこそ非合理的存在だ。

何かの価値がお金の尺度に落としこまれる瞬間、その落とし込まれた結果の評価は高いか安いかどちらかということはないはずだ。もっと多様な、豊かな評価軸があるはずなのだ。
しかし文章を書いていて高い安い以外の表現がパッとかけない。それぐらい僕はお金の尺度上での感受性が貧相なのだ。

これでは繰り返しになるが、アートを買うときも安いと感じたから買うと言う理由になってしまう。
仕事を選ぶときには、給料は安いけど楽しいから みたいな、お金の部分はとりあえず切り離して考えるしか無くなる
美味しいものを食べたとき、高いものは美味しいなという貧相な感想になる
いい仕事をした人にいい給料を渡したとき、高いだけのことはあるねなんて失礼なことを言う羽目になる。

では、私は、また、そのような感性しか持ち合わせてない人はどのようにしてそのお金に対する感受性を養うのか。
何を皮切りに訓練を始めればいいのか。

いいものをたくさん見る と言うのが多分一番簡単で、一番安直だけどそれなりに効果がある方法なのではないか。
金銭的ではなく、人々の間に受け入れられているもの。多くの人が感情を動かされているものを多く見ることにより、
意識的でも打算的でもない無意識的なところから感じるものの共通項というか、それこそ何かを見つけることができるのかもしれない。
今僕は東京に住んでいる。東京は比較的お金が強い町だ。お金によって買えるものがたくさんあふれている。あらゆる物事がサービスとして提供されている。
ニューヨークとかもそうなのかもしれないけれど、東京みたいな大都市はあらゆる価値、あらゆる感性を金銭に変換する街なのかもしれない。

改めてもう一つ別の記事として書くと思うけど、僕は今、この金銭的価値の尺度を変えていきたいと思っている。
現状の消費行動としての金銭消費を、投票行動に昇華させる活動、仕事がしたいと思う。
その一番最初の活動として、アート作品の売買と徹底的に向き合ってみたいと思う。
そして最終的には、人の価値と金銭的関係に切り込んでいければと思う。

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どんなアイデアも、どんなものも、WEBを調べれば出てきてしまうのではないかという不安。-2019/02/04

何か突飛よしもないことが起こってほしい。

ということを思う人は、増えてくるのではないか。というのも、なんだかもうありとあらゆる情報にアクセスできているような気がしてしまって、世の中にいわゆる新しいアイデア、なんだか線形な、連続的な発展ではなく非線形で発展することなんてないのではないかなんていう気がしてきてしまう。

例えば何か自分が新しいことを思いついたとしても、とてもそれが世界で初めてのこととは思えない。調べれば出てくるんじゃないか。きっともっと有名な研究機関や大学ではとっくにこのようなことをやっていて、すでにそれは失敗して跡形も無くなったから見つからないだけなのではないかという気がしてきてしまう。

もちろんこれは現時点での自分の自信のなさの影響が大きいとは思う。だが、それもそうだけれども、例えばこういうこともあるんじゃないか。

何か思いついたとする。それを調べると、どうやらそれと全く同じことを考えている人がいて、そのサービスのホームページまでできていた。
でもそれは数年前に更新が止まっていて、もうクロージングしているように見える。

こういった時、どういう風に考えるかが結構大切な気がしていて

・もう同じことをやっている人がいて、失敗しているようだ。

と思った場合、今度失敗した理由を探す。ただ、それがわからないとなった時、多分多くの人はやめてしまうだろう。失敗した理由がわからない、自分たちよりよっぽど大きい団体がやっていたらなおさら、失敗の可能性がそこより大きいからやめておこうとなってしまうのではないか。

・同じことをやっている人がいるだけで、自分は自分なりにやってみよう。

こう思えればいいのだけれども、新規性がすでにないことをこれからやろうというのはそれはそれで難しい。

その過去の事例よりうまくいくというある程度の自信も必要だし、新規性がないということで投資もメンバーもきっと集めにくいだろう。

ただ実際、会社をやってみて思うのは、アイデアなんかより他のことでいくらでも失敗するし、どんなことでも違う人がやったら同じようなことをやっても全く違う表現になるのではないかということだ。

仮に同じことをやってる人がいたとしても、自分で思いついてすごくいいと思ったことなら、自分は自分なりにやってみようと思うことはとても大切なんじゃないかと思う。あまりにも新規性があるかどうかということに振り回される人が増えてきていて、すごくもったいないことが増えている気がする。

特にインターネットの普及によってあらゆる人が些細なことでも発信するようになり、その情報に容易にアクセスすることができるようになってきている。
自分が思いついたことと同じことをやっていることに出会う確率は以前よりうん億倍になっているだろう。

全く新しいことは世の中ほとんどなく、何かを少し変えてやってみただけとうことがほとんどだろう。だとしたら、全く同じものを見つけたとしても、自分なりにやってみる。それだけで、全く違う世界が開けるのではないかと思う。検索によってあらゆる情報にアクセスできるようになった今、自分なりにやってみるということはますます大切になってきているように思う。

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Simplify3Dで、Vaseモードにしたのに上が埋まってしまった問題

Simplify3Dで中身が詰まっている3Dデータを読み込ませた後、Vaseモードで中空で造形しようとしたところ一番上の部分がなぜか埋められてしまう

https://www.thingiverse.com/thing:3376908

例えばこのデータを作ろうとした時、中身は埋まったデータになっているのでVaseモードにしてプリントして容器にするというのが一般的な流れなのだけれども、こんな感じで上のレイヤーが埋まってしまう。

こういった中が詰まってるデータを

Vaseモードでプリントすれば普通は完成品のような中身がないものになるはずが、下の画像のように

上が埋まったスライス結果が出てきてしまう。

 

なんでかなあと調べていると、このYoutube動画で指摘されていた。

 

言われてみれば当たり前だけれども、このTopSolidLayersの値が、Vaseモードにしても生きていて、通常ここは2とか3になっているので結果として上が埋まってしまうということだった。

無事0にしたところ、Vaseで造形することができました。

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