生活を見に行く 2018/10/14

最近、車をもらった。

今年(2018年)1月に免許を取り、カーシェアを使いながらなんだかんだ言って2000kmぐらいは乗っていると思う。車中泊の旅行をしてみたり、ちょっと近所のスシローに行ってみたり(駅近にはなかなかない)と結構楽しんだ。

ただそれも最近はわざわざ2、3千円払っていかないでもなあと思うようになり、だんだんと乗らなくなっていた。そんな時、車を捨てるけどいる?と言われた。

かなり迷った。都内に住んでいて車を持つのはちょっと意味がないというか、かなり贅沢なことだと思っているからだ。

都心から電車で1時間ぐらいのところに実家があり、年300日近く往復2時間ぐらいかけて都内に2年ほど通っていた。今は東京駅に電車で5分ぐらいのところにおかげさまで住めていて、すごく快適 とはなかなか言えないんだけれども、本当に都心に住んでいるなという感じがする。

実際生活してみると感じるのは、郊外に住んでも高い家賃を払って都心に住んでも結局生活コストはあまり変わらないんじゃないかなということだ。

僕の場合会社が交通費出してくれると行っても別に、確かに経費にはなるけれども自分の会社なのでまあコストになってしまうだけだ。なので通勤にかかる交通費も実質自分のコストだと思ってみている。

その前提を敷いて考えると、郊外に行けば行くほど家賃は安くなれど、結局交通費が結構かかってきてしまう。しかも郊外に行っても家賃は意外と下がらない。ワンルームで探してみると、どこまで行っても少しずつ広くなっていくだけでだいたい7万ぐらいはかかってしまう。もちろん、4万のところとかに行けば別だけれども、そうすると風呂トイレが共同だったり、そう言った条件がついてくる。まあそれも今思えばありだなと思わなくはないけれども、初一人暮らしの僕に当時その選択はできなかった。

で、話を戻すと結局郊外に住んだ場合、車を買うことになるだろうと思う。なので都心に住んで高い家賃を払うか、郊外にすんで安い家賃+車を買う このどっちか選択だなと思い、前者をとって今都心に住んでいるのだ。なので、その上で車を持つというのは僕にとってこの上ない贅沢というか、非合理的な、投資でもなんでもない消費行動になってしまう。そして消費行動につき維持費として駐車場3万以上と、保険もろもろで5万近くかけるんだったら、もうちょっといろいろな投資できるよなと思ってしまう。

しかも住んでいるところから徒歩3分圏内にカーシェアのステーションが3箇所、10分歩けば7、8箇所ある。そんなところで車を持つ意味は正直言ってないのではないかと思った。

 

ただ、まあこれを改めてこうして言葉にしてみると、なんだか車を買いたい人が家族を説得するための言い訳のように見えて仕方ないけれども、以下3つのことを実際どうなのか体験してみたくなって、とりあえず来年分の税金がかかってくる3月末まで持ってみることにした。

1つ目 行動範囲が広がる

これは免許取るかどうかって時に散々いろんな人に言われて取ることにしたので、それを改めて実感できればなと思っている。もちろんこれはカーシェアで実感できるでしょという話なんだけれども、もう一つ僕が勝手に定期券効果と呼んでるものがあって、それと相まってどうかみてみたいと思っている。

定期券効果は、定期券内だとそうじゃなかった時全く行かなかったところにすごく行ってしまう現象だ。仮にそれが初乗り運賃150円とか数百円だったとしてもお金がかかるというだけで行かなくなってしまう。それが定期券みたいに一括でもう払ってしまっていると、よく行くようになるという現象。

カーシェアで都度借りた方が総額的には安いかもしれない。ただ、仮にそうだったとしてもじゃあ2500円払ってくら寿司に行くかというと、行かないだろう。そういうことで、今回車を持ってしまっているという前提を作ることでどの程度行動範囲が広がるのかをみてみたいと思う。

 

2つ目 車前提の生活を体験してみる

今は都心に住んでいるけれども、例えば奥多摩とか、多摩、生田、と行った車がないとあれだけどあればまあいいかなという場所、電車に縛られない場所に住んでみたいという気持ちがある。じゃあ、車前提だとどうなるのかというのをちょっと体験してみたい。これに関しては体験できるのかどうかはわからないけど、例えばikeaに行ってみるとか、郊外のホームセンターに行ってみるとか、そう行ったことをやってみたいと思っている。

ちなみに、以前カーシェアを使って1週間、移動を全て車で仕事をしてみるということをやってみたけど、これは僕の場合もう二度とやりたくないというのが正直なところ。少なくとも今の仕事の内容からするとちょっとこれはないなと思ってしまった。

一番はまあこれは慣れれば大したことないのかもしれないけれども、狙った時間に到着することがすごく難しい。かなり早めに出た場合でも1週間で2回間に合わないことがあった。この間に合わなかった時の運転ほどストレスが溜まるものはなかった。もう二度としたくない。
ふと思ったのだけれども、もしかして日本の時間きっちり文化は電車前提の生活があるからこそなのではないかと思った。車社会、アメリカとかそこまでいかないでもドイツとか車前提で生活しているところでは、日本みたいにきっちり何時何分みたいな決めてアポ取るの難しいのではないかと思った。ただそうすると、例えば日本でも車前提のところはたくさんある。そういったところはどうなんだろう。アメリカでも電車前提の都市はいっぱいある。そういったところはどうなんだろう。時間のタイトさに対する文化は移動の文化からくるんじゃないかとちょっと思った。

次に駐車場代の問題。これは日本特有なのか海外もそうなのかわからないけれども、ちょっと高すぎる。一回打ち合わせしてなんや感やして戻ってくると2千円ぐらい取られる。1日平均で3500円ぐらい駐車場代がかかってしまった。このコストのせいでタクシー乗った方が安いのではという状況が生まれてくる。実際移動距離を考えるとタクシーの方が安かったと思う。やんなっちゃう。これが海外だと無料がほとんどなのかなあと思いながらコインパーキングに止めていた。その辺りの事情も一度海外で運転して知りたい。

次に高速代。下道でいけばいいじゃんという話なのだけれども、時間を考えてなんだかんだで使ってしまう。横浜とか、千葉とか行くとなると確実に使う。そうするとあっという間に2000円以上かかってくる。これじゃあグリーン車乗って作業しながら移動した方が良かったんじゃ。。。と思えてしまう。

というわけでつまり、僕の仕事で車移動というのはちょっと合わないみたいだった。

もうその時点で半分以上車持つ意味ないよねという話なんだけれども、まあもちろんこれが全国展開というか、車があることによって全国津々浦々どこでも会いに行けるよねという感覚になってきたら、何かが変わってくるのかもしれない。それにしても、レンタカーの方がいいかもしれないけれども

で、話を戻すと、じゃあ生活だとどうなんだろうという話。生活だけでなく、例えば気軽に旅行に行けるようになるとか、そういったところで車があるという前提が敷かれた時、どういった自由さがあるのかを体感してみたいと思っている。

 

3つ目 いろんな生活を見てみる

いろんな生活を見てみたいと思っている。住んでいる人からすれば迷惑な話かもしれないけれども、結構色々な住宅街じゃないにしても、色々な街に行ってそこで生活したらどうなるんだろうというのを思いながらみて回るのが好きだ。

例えば機能は八王子に行ってみた。駅近辺は行ったことがあったけれども、流石にそこからわざわざ路線バスに乗って街の様子を見に行ったりはしない。そう行ったところで車で行って、地元のスーパーであったりとか、雑貨屋、ショッピングモールとかに行ってみてどういう生活かを想像しながら歩いて回るのが結構好きだ。

生活感をみに行くという書き方をするとなんだか上から目線で、ちょっと申し訳ない気持ちいなるのだけれども、僕としてはすごく羨ましい気持ちで見ている。僕は多分、生活感を纏うことができない。生活という、日々過ごしていければそれでいいという気持ちになることは僕にとってとても難しいことだ。

何か、慌ててやることもない。仕事があって、仕事が終わったらその時間は仕事とは全く関係のない時間が流れていく、特に意味を持たせる必要もない時間であふれている日々。ただそこにいるだけで、何かすごく感情的動きがあるわけでなくとも、それでいいと思える日々。安定いしていて、個人としてのバーンレートなんて考える必要がない。

それは僕には、今、想像できない。

ああ、意味なんてなくていいんだと、感じられはする。高校の時は全ての行動に意味を持たせようと躍起になっていたけれども、意味なんてない。意味なんて追求してはいけない部分があるということを最近は受け入れられている。でも、生活は、どうもきつい。そういう時間を過ごす旅にジリジリとした焦燥感に襲われて落ち着いていられなくなる。この人とただ一緒に居られればいいなんて、いつ思うことができるようになるんだろう。

そんな生活の片鱗を、見に行きたいと思っている。

 

そんなこんなで、とりあえずお金かかるなあと早速思っているけれども、3月は車を持ってみようと思います。ほとんど乗らないで終わっちゃうかもしれない。けれど、まあいい経験かなと思ってます。

 

2018年10月14日 16:41-18:32 ベローチェ新宿御苑前店にて

Posted By :
Comment :0

価格の不思議 2018/10/11

https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/banksy-ed?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharecopy&utm_term=.ceMoLZ9oyx

 

バンクシーの絵が1億5千万円で落札された直後にバラバラになったと言うニュース。相変わらず、芸術の価値はわかるようでわからない。いや、全くわからない。ここのところ、芸術どころかありとあらゆるものすべてについている価格というものがよくわからなくなってしまった。

ついこの前スルガ銀行がシェアハウスの運営を行おうとするサラリーマンを筆頭とした個人投資家に対して不正融資を行っていたというニュースがあった。その内容についての詳細記事で不動産価値の算定方法についての話が出ていた。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO36308270Q8A011C1EE9000/

不動産価格のこの話もそうだし、企業価値算定のデューデリジェンスの現場を見ていると、結局価格ってよくわからないんだなっていうことがよくわかる。よくわからないけれども、こうでしょうという価格を出すためにものすごい給料をもらっている人が地道な作業とと共にあらゆる相場を集めて価格が作られていく。価格が上げられていく。そして、買い手に説得していく。

ずいぶん前に書いた日記でもオークションの仕組みの面白さについてずいぶん書いたけれども、どうも価格決定のプロセスのイノベーションにすごく興味があるみたいだ。

普段、生活してる中でお金を支払う時どういう判断をしているかをちょっと振り返ってみる。

例えば今コーヒーを飲んでいる。星乃珈琲店なのでちょっと高い。なぜ向かいにあるドトールではなくこっちに来たかというと、ちょっと座ってゆっくり作業したかったからだ。あと、スフレは美味しい。

コメダ珈琲にいくときも同じ理由で、さらにモーニングサービスの時間だとコメダに行きたくなる。コーヒーは正直あまり美味しくない気がする。

スターバックスはいい立地にあって、ちょっと行きたい時に行く。もしくはある程度の量を飲みたいと思った時にはスターバックスに行く。ただ椅子は座りにくいし、混みすぎていてゆっくりするというイメージは僕にはない。

 

同じコーヒーでもこれぐらい差が出てくる。

なんとなく高いなとか、なんとなく安いなとか、そのぐらいは思うけれども、流石にこの価格差だとあんまり気にする人がいないんだろうか。僕は結構気にしてしまうから、それぞれのお店で、使い分けてる。さっきの作業するしないもそうだし、ルノアールとかだとほぼ待つことないから会議ではルノアールとか。

 

この程度の金額じゃあってことであれば、車とかどうだろう。

車に至ってはもっと複雑だし、よくわからない。

 

車はそもそも前提として、安全に走ることが多少の差こそあれど、法律で担保されているから、走って移動できますというところに関しては差のつけようがない。さらに、性能を上げても公道という場では基本的にその性能を使い切ることはできない。現代では軽自動車で十二分に性能を持っている。その上で、どういう走り味があるとか、どういう外見をしているとか、どういう稀少性があるかとかそういった話だ。

mini とかを見るとその値段の高さに驚く。いくら輸入車で色々大変とはいえ、こんなにも差がついてしまうのかと思う。他方日本車の安さには驚く。

高級車は走りが滑らかとか静かだとか、内装が豪華だとかそういった話があるけれども、そんな差では埋められないぐらい価格差があるような気がする。もちろん、車は量産効果がすごく効きやすいものだからちょっとでも希少性、カスタマイズ性を高めるといきなり値段が上がるというのはわかるけれども、それにしてもだとしたら、価格差はこの希少性という非常に抽象的概念で作り出していることになる。

フェラーリだってそうだと思う。エルメス、ルイビトンとかもそうだけれども、基本的には希少性があることによって価値が発生しているパターンだ。そのためにあえて高くし、数を作らないでもいいような構造にしている。一方で広告は大量に打って知名度を徹底的にあげる。結果としてみんな知ってるけど持っている人が少ないという状態を作り、価値を高めていくということだ。

ただじゃあそんな希少性がある車に乗っていてどうなのか ということを一応”合理的に”考えると、まあ、25億円のベントレーとかやっぱり説明つかないなと思う。

 

車以外にも今途中でちょっといったエルメスだとかルイビトンだとか、そういったものの価格はもはや説明がつかない。

 

じゃあ人件費はどうだという話に、踏み込みたい。

例えば芸能人。芸能人はそのタレント(って今言わないのかもしれないけど)の名前で売られていく。つまり、その人以外では何ら意味がない。その人自身の知名度がそのままその人自身の価格に直結してくる。CMとかは特にそうだ。もちろん知名度以外にもお笑い芸人だったら面白いことを言えるかどうか、トーク力があるかどうか、役者だったらルックス的にどうなのか、役に合う人なのか、ちゃんとこなすことができるのかといった要素も噛んでくるが、正直少しマイナーな舞台とブロードウェイとを見て回っていて確かに基礎技能の差はあるけれど、その差がじゃあそのままそのタレントの人件費の差を合理的に説明しきれているかというとそういうわけではない気がする。

コンサルタントとかもそう会社社長、映画監督、技術者、デザイナーとかも。

じゃあそのついている価格が不当かというと、不当に感じるということはあまり多くないように感じている。様々な場面で様々な見積もりを見せてもらってきたけれども、高い と感じたことはそこまでない。そんなものじゃないかなと思う。むしろもっと上げていくべきなんじゃないかと考えることの方が多い

妥当性についてはBtoCかBtoBかでかなり事情というか、判断軸が変わってくる。

B2Bであればその投資した金額に見合った金額が戻ってこなければならない。BtoCは消費財だからそんなことない。

というのだが、最近BtoBでもこれは一体どういう判断のもとで支払われているんだろう、金額が決まっているのだろうかということをすごく感じるようになってきた。

例えばオフィス賃料。一つ前のどこに住むかという話でもあるけれど、いったい六本木ヒルズに坪なん十万払ってオフィスを構えることにどういう意味があるのかという話だ。自分のデスク一つで月一体何十万かかってるかわからない。その分給料でもらいたいと思う人も少なくないんじゃないだろうか。

一応一定の合理的判断に基づいて入っているのだとは思う。例えば採用活動で有利になるとか、モチベーションが〜 みたいな話だろう。ただこれを合理的であるという風に考えてしまうのであれば、BtoCで完全に消費として捉える行動も合理的であると言えるようになってしまう。高級車を買うこと、高級なアクセサリーを買うことは身に着けることでテンションが上がるので合理的であるみたいな話になる。

 

具体例みたいなのをいくつか並べてきたが、結局何が言いたいかというと価格なんてあってないようなもので、そんな相場観に縛られて生きる必要ないんじゃないか、フリーランスの人ならそんな相場観に縛られて請求する必要ないんじゃないかという話だ。つまりちゃんと説明できるなら正直に話ましょうという話。

急に些末な話になった気もするけど、時給千円でたくさんの仕事を取らなきゃ行けなくてクオリティーが下がっては元も子もない。作ったものの価値を1万円と感じるなら、1万円で売ればいい。1万円で売るところ2万円で売って1万円広告にかけてブランド価値を高めたほうがいいかもしれない。相場なんてあってないようなもので、そこにちゃんとした言葉がつけばそれは合理的なものになり得るのだから。そんな原価から逆算しててもしょうがない。

今自分が安いと感じたら、それはなぜ安いのか。今自分が高いなと感じたら、それは本当に短絡的に相場観から比べて判断してしまってないか。そういう判断のもと買い叩いてしまっていないかを考えないといけない。

 

Posted By :
Comment :0

家の場所について考える2018/09/19

家の場所について、最近悩むことがあった。しばらく結構遠いところまで通わないといけなくなりそうで、引っ越すかどうかを悩んでいた。

今住んでいるところは都内の本当に便利なところに住んでいて、割高な家賃で猫の額のような部屋に住んでいる。

前はよく見ていたroom and room部屋に置いてある沢山のものがその人だけの空気感を部屋いっぱいに満たしている様子は、中途半端に東京に通える距離のベッドタウンに親の持ち家があるが故にこのままいくとずっと実家暮らしだなと安易に想像がつく僕には憧れの的だった。

だけどそんな空気を満たすような間もなく、漂っているのはただただ人間が生きているという生活感だけの部屋に住んでいる。ちょっとさみしい。

家は寝るだけ ってほどでもないけど、せっかくの東京生活、2時から始まる映画を見に行ったり24時間営業のファミレスに終電後入り浸ったりと、外で楽しむことが多い。

冷静に考えれば東京近郊のベッドタウンでもできることだし、わざわざ終電後にやらないでもいいことばかり。別に来たいときに電車で来ればよくて、もっと広い部屋に住むか家賃で浮いた分ローン組んで車買っちゃえばと思わなくはない。

思い切って郊外に居を移そうと思って内見までしたけれども、やっぱりなんか最後の最後で嫌だなと思ってしまう。(不動産屋の方々ごめんなさい)

やっぱり自分でもあんまり意識してないけど都心に住んでる自分、カッコいいとか思ってるのかなと思いもしたけど、まああまり強い気持ちではないだろう。

みんなはどうやって今住む場所を決めたんでしょう?

一人暮らしを始めて1年とちょっと。やっと自分の家という感じが出て来たが故に湧き出てくる、縁もゆかりもない地域との向き合い方に悩む今日この頃です。

午前2時30分 近所のデニーズでドリンクバーのお茶を飲みながら。

Posted By :
Comment :0

CES2018 見学記録 Vol.1 Hey Google

前回ブログを書いたのが5月、しかも内容は2017年1月にformlabsを訪問した時の内容だ。ブログをちゃんと書くことにしようと言いながらそのあと3月に行ったドイツIDS、フランス、6月のFUSE formlabs users summit 、12月のボストンのことも書いてない。それぞれに思うところがあったので、また書こうと思う。

ブログを続けるにはやっぱりその時にその場で書いてしまうことが大切なような気がしてる。なので、もうその辺りのは一旦おいといて(とか書くともう二度と書かないような雰囲気が漂うが)急遽行ってきたCES2018について書こうと思う。


CESはコンシューマーテクノロジーに関する世界最大の展示会で、毎年ラスベガスで開催されている。“展示会”と呼ばれるものの中でも相当大きな展示会で、今回初めて行って見た感じ展示会というより万博に近い規模と人出があった。これが毎年開かれているというからすごい話だ。
もともとはコンシューマーエレクトロニクスショーで、本当に家電の展示だったけれども、主催する協会がコンシューマーエレクトロニクスからコンシューマーテクノロジーと範囲を広げて現在の形になったらしい。今回ももうすでにニュースでトヨタの発表やホンダ、ヤマハの展示なども報道されているけれど、かなりの面積が車関連、とくに自動運転関連で占められていたのは印象的というかもしかしたら今年を象徴しているのかもしれない。


ラスベガスは小学校2年生の時に旅行で来て以来。砂漠のど真ん中にあるなあというぼんやりとした印象を持っていたのをぼんやりと覚えているけれど、ついて見て改めて本当に周りに何もないところに突如巨大なホテル群が立ち並んでいるから面白い。いつも東京で大きいビルを見た時は高層ビルは土地がないから上に積み上げてるだなあと勝手な推論を持っていたけれど、ただただ規模のために建てられたホテル群を見ると不動産価値に対するイメージもまたちょっと変わってくる。

飛行場も本当にだだっ広いし、少しほこりっぽい感じがする。到着ロビーにはもうCESのバッジ受け取りカウンターが用意されていて、事前に送られて来ているメールにあるバーコードを見せるとバッジを印刷してくれる。会期中は街中を歩いているかなりの割合の人がこのCESバッジをつけて歩いている。そのことからもこのイベントの規模の大きさがわかるし、なんか変な親近感と安心感が湧いてくる。お祭りでみんな同じ法被を着ている時みたいな感覚だ。


Hey Google の独壇場 というわけではない

もうこれについてはCES関連の記事では真っ先に書かれることだと思うが、町中のありとあらゆるデジタルサイネージがHey Googleでうめつくされていた。小さいものはともかく、目立つ大きいものでHey Googleの表示がないものはなかったんじゃないかと思う。

看板だけでなくモノレールまでHey Googleになっている。最初OK Google じゃないのかなと思ったけれども、どうやら
去年はAlexa祭りだったらしいという話は聞いていたけれども、会場外ではもうHey Google一色だった。会場外で他に目立ったプロモーションを展開している企業がないというのも手伝って非常に印象に残っている。会場に着いた時もまず目に入るのは大型のディスプレイを使ったHey Googleのブース。

あとこれに加えいくつかの場所で巨大なGoogleのガチャポンが置かれている。これも音声認識のデモだけれども、なにかこういった景品が出てくるようなプロモーションは別に珍しくないけれども、下に入れた動画のように毎回スタッフがものすごい声で盛り上げる。これが1日会場中に響いていてすごく目立つというか、印象に残る。

https://www.youtube.com/watch?v=f3GARddd1PQ&feature=share

ここまでGoogle自身が実施していることの話だったけど、実際各ブースの展示ではどうだったかというと、僕の印象としてはHey Google,Google Assistantのロゴはそれなりに見たけれどもAlexaについてはあまり目立つ展示がなかったなあという印象がある。もちろんトヨタの発表もあったし、ブース内にロゴがあるといえばあるのだけれども、そんなたくさん目につくところにあったかというと探すとあるという感じだった。

Googleはすごかった。いくつものブースの一番目立つところにHey Googleのロゴが飾られていたし、それだけじゃなくすごかったのはやっぱりHey Googleの制服を着た説明員が各メーカーの説明員と一緒に立っているところだった。これはインパクトが大きい。そんなにたくさんのブースで立っているのを見かけたわけではないけれども、主要なところには立っている。

ただじゃあ、これはGoogleだけじゃなく自動運転とかOLEDとかにも言えることだけど、何か今回のCES全体のテーマ性を示すようなものかというと、別にそういうわけではない。これが結構今回初めて行ってみて驚いたというか意外だったことなのだけれども、CEATECとかだと行って一周回るとあー今年はビックデータばっかりだなとかIOTばっかりだなあという印象を持ったりするものだけど、CESは確かにGoogleをはじめとした音声アシスタントであったりとか自動運転であったりみたいな目立ってるものはあるけれども、まあそれぞれそれなりの規模があってそれぞれちゃんと力が入ってるなという感じがする。

これ、もうちょっとうまい言い方があればいいんだけど、難しい。確かに話題になってるものは話題になってるし大々的にやってるけれど、展示会全体を俯瞰して見るとバランスのいいポートフォリオとして成立しているなという印象を受ける。ロボティクスはロボティクスで話題になってるところがあるし、VRはVRでちゃんと話題になることが用意されている。こう行ったところがCESの底力なんじゃないかと思った。

Posted By :
Comment :0

アメリカ訪問記 VOL.4 FORMLABS訪問 2日目 – WEBを中心としたサポート体制の設計

前回に引き続きformlabs本社見学。今回が最後で開発部隊以外の見学をした。訪問時点でformlabsの社員数は220人、そのうち開発が約120人ということで販売やサポート、バックオフィスに約100人いることになる。

現状formlabsはここボストンとドイツのに拠点あって拡大を続けている。

IMG_1788
IMG_1790

一番注目したのはこのサポート専用のスタジオ。業務用機の製品サポートといえばオンサイトサポートでサポートエンジニアを抱えなきゃいけないっていうのがあるけれども、こういった形でもうテレビ電話前提でお互い同じ環境だからサポートできるよねって言う割り切りは必要だと思う。

出張になってしまうとどうしてもエンジニア一人で1日回れて2箇所になってしまう。更に問題なのは仮に故障してサポートをお願いしてもどんなに早くとも次の日、普通だと3日後とかになってしまう。それだったらテレビ電話でサポートしてくれて、故障がわかったらその場で発送すれば代替機が次の日にはつくかもしれない。たしかにエンジニアの人が来てくれたほうが納得感はあるかもしれないし、機会に対する愚痴も聞いてもらえる(大概の場合こっちを求めてる人が多い気も・・・)かもしれないけれど、テレビ電話(そもそもこの言い方しないか)がこれだけシームレスに誰でもスマホで発信できるようになった今ではサービスとしてはこういった形にした方がいいと思うし、それで製品価格が下がるなら万々歳だ。

こういった体制を日本でも一度敷いてみたいと思うし、今後製品を開発したときは参考にしたいと思う。
IMG_1801
IMG_1804
IMG_1812

←アジア・パシフィック担当のスコットさんと→formlabsJPの新井原さんと真ん中旅慣れてなくて荷物が多いおじ

さん
IMG_1816

社内ビールサーバー、5時すぎるか過ぎないぐらいになると飲み始める
IMG_1820

Posted By :
Comment :0

アメリカ訪問記 vol.3 formlabs訪問 2日目

前回に引き続き、formlabs 訪問2日目。2日目とはいえこれが最終日で、formlabs本社の見学になる。

IMG_1726

閑静な住宅街。てっきり大雪が降る地域だと思ってたから北海道みたいな二重サッシとか二重の玄関とかを想像していたけれども、普通の家だった。普通の家といってもどこか日本と雰囲気が違う。

IMG_1742

この左側のレンガ造りの建物がformlabs本社。ちょうど拡張中で最初は手前半分の3フロアだったのが建物全体になるそう。

IMG_1754

2階研究拠点の入り口。Form1とForm2が並べられている。1階は素材開発と試作のスペースで、完全に非公開だった。非公開と言われててっきり開発拠点は全て非公開かと思いきや、2階がメインの開発スペースだった。

2階も撮影は禁止で、この入口だけ撮らせてもらえた。

IMG_1759

写真では見たことがあったけど最初の試作からForm1までの軌跡は改めてすごいと思いながら見た。最初の一人で作ったコンセプトから着実に製品へと仕上がっていく。どのタイミングでどのぐらいの投資を受けたのかすごく興味がある。

スタートアップは最初は全部自分で作るということが大切だと思ってる。最初の共同創業者を集めるにしてもコンセプトが伝わらないといけない。新しいもの、革新的なものであればあるほどそれを伝えるのは難しくなってくる。そうした時重要なのは取り敢えず動く物をキャッシュアウトを抑えつつ作れるスキルだ。

最初の最初は本人すらもそれが有用なもかどうかわからない。だから形にしてみる必要がある。ここまではよくプロダクトデザインの授業とかで言われる。スタートアップの最初の試作はそれだけじゃなく実際にそのアイデアが価値あるものなのかどうかを判断したり、投資を集めたり、創業メンバーを集めたりと、あらゆる重要な役割を持つ。

重要なのは思いついた本人が出来る限り独断で全ての作業を行うことだ。

これは結構賛否両論あって人によっては職人気質でアイデアに広がりが出ない、非常に日本的な考え方でよくないと言われることもあるけれども、これが一番重要だと思っている。

この前書いたベンチャー性とビジネス性のバランスについてもそうだけれども、最初の時点でこれは儲かりそうだというアイデアはすでにもう誰かがやっている可能性が高い。誰かがやっているだけなら百歩譲ってビジネスだから俺の方がうまく行くということでやり始めていいとして、問題なのは大概の場合なんらかのなんらかの強力なない理由があって、既に誰かが思いついてやってみて失敗して跡形も無くなって、ないように見えてるだけの場合が多い。

特にアプリは良くも悪くも誰でも最初のコンセプトを示すぐらいはできてしまうのでよりこの可能性が高くなっている。

そのため、最初の最初の段階で仕事として人を集めるというのはかなり難しい。こういう書き方をすると偉そうだけれども、経験者としてそれはすごく思う。

そうなって来ると何が重要かというと理念とそれを体現した(仮に荒けづりでその作った本人しかまともに使えない状況であったとしても)コンセプトを体現するプロトタイプが非常に重要になって来る。

ただここでハードウェアスタートアップの関門その1が出て来る。ソフトウェアと違いハードウェアは取り敢えず動くのと量産できて販売ますの間にそれこそ海より広くて深い川がある。

ソフトウェアの場合リリースしてから治すことができるけれども、ハードウェアはそうはいかない  みたいなことはよく言われてるし確かにそうなんだけれども、個人的にもっと問題何箱の量産できますというところだ。

実は  というのもなんだかおかしいけれども、量産したことあるエンジニアさんというのは思った以上に少ないし出会わない。そしてそのノウハウは完全に非言語化された第六感のような何かで成り立っている世界だ。

さらに量産なので現状大企業にいた人しかいない。そうなるとコスト感とスピード感を合わせる作業が思ったより大変。
この辺りにお金で解決できない問題が出て来る。ベンチャー経営で重要なのはいかに早くお金の問題だけですという状態にいかに早く落とし込むかだ。

そうなった時、最初の段階ではお金で解決できない問題がたくさんある。ある程度方針が決まってしまって、それこそ仕様書も固まった状態ではお金で解決できることも増えてくるし、人を入れればいいという段階になってくる。

だけれどもハードウェアの場合下手するとそれは最初のバージョンの製品が終わり、下手をするとv2、v3の段階になって初めてその段階に行き着くということがしばしばある。formlabsの場合、それがどの段階だったのかがすごく気になる。みている感じだとかなり早い段階で専門家の手に委ねているように感じる。

Fab施設に通う人たちが、arduinoや3Dプリンターをはじめとしたありとあらゆる種類のスキルをつけてほぼすべてのものを作れる方法として勉強して行くけれども、いわゆるエンジニアになることはかなり難しい。身につくのはあくまでプロトを作る技術で、製品を作ることのできる技術ではない。

ではいったいどの程度のスキル、どの程度のプロトまでは自分たちで作るべきなのかというのをもう少し明確化してみたいと思っている。その人のやりたいところまでといえばそれまでなんだけれども、いったいどの程度までで投資家に見せるべきなのか、人を入れて開発を始めるべきなのかをもう少し具体的に事例を集めていきたいと思っている。

IMG_1767

ここからは撮影が許可された3階、開発以外の部署と広間がある。広間には本体以外の試作の過程が展示されていた。これですべてってことはないだろうけれども、これだけでも結構ボリュームがある。

IMG_1769

驚いたのはフィニッシュキットのスクレーバーだけでもこれだけの試作をしているというところ。開発ならこれぐらいするのは当たり前といえばそうなのかもしれないけれど、スクレーバーに開発という作業がきちんと入っていたのは驚いた。あれな話、別にベンチとヘラをつけておけばすんでしまうといえばすんでしまう。(ちゃんとそれはそれでついてる)

それをここまでちゃんと使い勝手を検証しながら試作していたのは驚いた。普通のベンチャーならフィニッシュキットはこだわりたいと思ってもV2の段階ではここまで開発の手が回らないんじゃないかと思う。

もちろんそれだけ後処理を含めた体験向上のプライオリティーをあげているとはいえ、付属品の開発になかなかここまでできるもんじゃないと思う。

IMG_1771

ワイパーやタンクの試作。ちなみにタンクは左から順に

レーザーカッターでのアクリル貼り合わせ➡︎FDM➡︎切削➡︎テストショット

の順に並んでいる。下のワイパーもだいたいそんな感じで並んでいる。そうそう、デジタルファブリケーション機器でこういったプロセス、どんどん作ってみてだんだんと精度を上げて行く開発プロセスを踏みたいんだよとみていて少し嬉しくなったと同時に、YOKOITOもはやくもの作りたいなあと思った。せっかく環境が整っているのにもったいない。デジタルファブリケーション機器のすごさは定量的じゃなくて定性的なはなしになる。最近定性的な話はもう自分でつかって効果を示すしかないんじゃないかと思っている。

やっぱり、本当にものづくりのプロセスを変えてプロダクトに作家性を出すには自分たちでやってみるしかないだろう。

IMG_1774

レジンカートリッジの試作。どれもこれもきちんと一つ一つ、最初はポリタンクみたいな買ってきたものからだんだんと精度を上げて行く。このプロセスが見てて気持ちいい。

次回は開発以外の部署について書きます。

Posted By :
Comment :0